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いかでかは心やすくもおぼし捨てむ。さやうにあざへたることはかへりてかるがるしきもどかしさなども立ち出でゝなかなかなる事など侍るなるをおぼしたつ程にぶきやうに侍らむや。また遂に住みはてさせ給ふ方深う侍らむと思ひやられ侍りてこそ。古のためしなどを聞き侍るにつけても心に驚かれ思ふより違ふふしありて世を厭ふついでになるとか。それは猶わるきことゝこそ。猶しばしおぼしのどめさせ給ひて宮たちなどもおとなびさせ給ひまことに動きなかるべき御有樣に見奉りなさせ給はむまでは亂れなく侍らむこそ、心やすくもうれしくも侍るべけれ」などいとおとなびて聞えたるけしきいとめやすし。「さまで思ひのどめむ心深さこそ淺きに劣りぬべけれ」などのたまひて、昔より物を思ふことなど語り出で給ふ中に「故きさいの宮のかくれ給へりし春なむ、花の色を見ても誠に心あらばとおぼえし。それは大方の世につけてをかしかりし御有樣ををさなくより見奉りしみて、さるとぢめのかなしさも人より殊におぼえしなり。みづからとりわく心ざしにしも物の哀はよらぬわざなり。年經ぬる人におくれて心をさめむかたなく忘れがたきも唯かゝる中のかなしさのみにはあらず。幼き程よりおほしたてしありさま諸共に老いぬる末の世に打ち捨てられて、我が身も人の身も思ひつゞけらるゝ悲しさの堪え難きになむ。すべて物の哀も故あることもをかしきすぢも廣うおもひめぐらす。方々そふことの淺からずなるになむありける」など夜更くるまで今昔の御物語にかくても明しつべき夜をとおぼしながらかへり給ふを女も物哀に思ふべし。我が御心にもあやしくもなりにけるかなとおぼししらる。さても又例の御