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づらふべくとも對面はえあらじかし」とて例の淚ぐみ給へればいとものしとおぼして、母ののたまひしことをまがまがしうのたまふとて、ふしめになりて御ぞの袖を引きまさぐりなどしつゝまぎらはしおはす。すみの間の高欄におしかゝりて御前の庭をも御簾の內をも見渡してながめ給ふ。女房などもかの御かたみの色かへぬもあり。例の色あひなるもあやなど花やかにはあらず、みづからの御直衣も色は世のつねなれど殊更にやつして無紋を奉れり。御しつらひなどもいとおろそかにことそぎて寂しく物心ぼそげにしめやかなれば、

 「今はとてあらしやはてむなき人の心とゞめし春のかきねを」。人やりならずかなしうおぼさる。いとつれづれなれば入道の宮の御方に渡り給ふに、若宮も人に抱かれておはしましてこなたの若君と走り遊び花をしみ給ふ心ばへども深からず、いといはけなし。宮は佛の御前にて經をぞ讀み給ひける。何ばかり深うおぼしとれる御道心にもあらざりしかど、この世にうらめしく御心亂るゝ事もおはせず、のどやかなるまゝにまぎれなく行ひ給ひて一つ方に思ひはなれ給へるもいとうらやまし。かくあざへ給へる女の御志にだにおくれぬることゝ口惜しうおぼさる。あかの花の夕ばえしていとおもしろく見ゆれば、春に心よせたりし人なくて花の色すさまじくのみ見なさるゝを「佛の御かざりにてこそ見るべかりけれ」とのたまひて「對の前の山吹こそ猶世に見えぬ花のさまなれ。ふさの大きさなどよしな高うなどはおきてざりける花にやあらむ。花やかににぎはゝしきかたはいとおもしろきものになむありける。植ゑし人なき春とも知らず顏にて常よりも匂ひかさねたるこそ哀に侍れ」とのたま