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かし。わろかりける心の程かな」とて御目おし拭ひかくし給ふに、まぎれずやがてこぼるゝ御淚を見奉る人々ましてせきとめむかたなし。さてうち捨てられ奉りなむがうれはしさをおのおのうち出でまほしけれどさもえ聞えず、むせかへりてやみぬ。かくのみ歎き明し給へる曙、ながめくらし給へる夕暮などのしめやかなる折々は、かのおしなべてにはおぼしたらざりし人々を御前近くてかやうの御物語などし給ふ。中將の君とてさぶらふはまだちひさくより見給ひなれしを、いと忍びつゝ見給ひすぐさずやありけむ、いとかたはら痛きことに思ひて慣れも聞えざりけるを、かくうせ給ひて後は、その方にはあらず人より殊にらうたきものに心留めおぼしたりしものをとおぼし出づるにつけて、かの御かたみのすぢをぞ哀とおぼしたる。心ばせかたちなどもめやすくてうなゐまつに覺えたるけはひたゞならましよりはらうらうしと思ほす。疎き人には更に見え給はず、上達部などもむつましき又御はらからの宮達など常に參り給へれど、對面し給ふことをさをさなし。人に向はむ程ばかりはさかしく思ひしづめ、心をさめむと思ふとも月比にぼけにたらむ身の有樣、かたくなしきひがごとまじりて、末の世の人にもてなやまれむ後の名さへうたてあるべし。おぼゝれてなむ人にも見えざなるといはれむも同じ事なれど、猶音に聞きて思ひやることのかたはなるよりも見苦しきことの目に見るは、こよなくきはまさりてをこなりとおぼせば、大將の君などにだに御簾隔てゝぞ對面し給ひける。かく心かはりし給へるやうに人のいひ傳ふべきころほひをだに思ひのどめてこそはとねんじすぐし給ひつゝうき世をもえ背きやり給はず。御方々