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たう泣きぬらし給へりけるをひきかくしてせめてまぎらはし給へりし程の用意などを、夜もすがら夢にも又はいかならむ世にかとおぼし續けらる。曙にしも曹司におるゝ女房なるべし、「いみじうも積りにける雪かな」といふを聞きつけ給へる、唯その折の心地するに御傍のさびしきもいふ方なくかなし。

 「うき世にはゆき消えなむと思ひつゝおもひの外に猶ぞほどふる」。例のまぎらはしには御てうづめして行ひ給ふ。うづみたる火起し出でゝ御火桶まゐらす。中納言の君中將の君など御前近く御物語きこゆ。獨寢常よりもさびしかりつる夜のさまかな、かくてもいとよく思ひすましつべかりける世を、はかなくもかゝづらひけるかなとうち眺め給ふ。われさへうち捨てゝはこの人々のいとゞ歎きわびむことの哀にいとほしかるべきなど見渡し給ふ。忍びやかにうち行ひつゝ經など讀み給へる御聲をよろしう思はむ事にてだに淚とまるまじきを、まして袖のしがらみせきあへぬまであはれにあけ暮に奉る人々の心地つきせず思ひ聞ゆ。「この世につけては飽かず思ふべきことをさをさあるまじうたかき身には生れながら又人よりもことに口惜しき契にもありけるかなと思ふこと絕えず。世のはかなく憂きをしらすべく佛などのおきて給へる身なるべし。それを强ひて知らぬ顏にながらふればかく今はの夕近きすゑにいみじき事のとぢめを見つるに、宿世の程もみづからの心のきはも、のこりなく見はてゝ心やすきに今なむ露のほだしなくなりにたるを、これかれかくてありしよりげにめならす人々の今はとて行き別れむ程こそ、今ひときはの心亂れぬべけれ。いとはかなし