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はほのかに開けさしつゝをかしき程のにほひなり。御あそびもなく例に變りたること多かり。女房なども年比經にけるは墨ぞめの色こまやかにて、きつゝ悲しさも改めがたく思ひさますべき世なく戀ひ聞ゆるに、絕えて御方々にも渡り給はず、まぎれなく見奉るをなぐさめにて慣れ仕うまつる。年比まめやかに御心留めてなどはあらざりしかど時々は見放たぬやうにおぼしたりつる人々も、なかなかかゝる寂しき御ひとりねになりては、いとおほざうにもてなし給ひて夜の御とのゐなどにもこれかれと數多をおましのあたり引きさけつゝ侍らせ給ふ。つれづれなるまゝにいにしへの物語などし給ふ折々もあり。名殘なき御ひじりごゝろの深くなり行くにつけても、さしもありはつまじかりける事につけつゝ、中比物うらめしうおぼしたる氣色の時々見え給ひしなどをおぼし出づるに、などてたはぶれにても又まめやかに心苦しきことにつけてもさやうなる心を見え奉りけむ、何事にもらうらうしうおはせし御心ばへなりしかば、人の深き心もいとよう見知り給ひながら怨じはて給ふことはなかりしかど、ひとわたりづゝはいかならむとすらむとおぼしたりしに、少しにても心を亂り給ひけむことのいとほしうくやしう覺え給ふさま胸よりも餘る心地し給ふ。その折のことの心をもしり、今も近う仕うまつる人々はほのぼの聞え出づるもあり。入道の宮の渡り始め給へりし程その折はしも色には更に出だし給はざりしかど、事にふれつゝあぢきなのわざやと思ひ給へりし氣色の哀なりし中にも、雪降りたりし曉に立ちやすらひて我が身もひき入るやうに覺えて、空の氣色はげしかりしにいとなつかしうおいらかなるものから、袖のい