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くおぼし知らるゝ事多かるまぎらはしに女がたにぞおはします。佛のお前に人しげからずもてなしてのどやかにおこなひ給ふ。千年をももろともにとおぼしゝかど、限ある別ぞいと口惜しきわざなりける。今は蓮の露もことことにまぎるまじく後の世をと、ひたみちにおぼしたつ事たゆみなし。されど人ぎゝをはゞかり給ふなむあぢきなかりける。御わざのことゞもはかばかしくのたまひ置きつることなかりければ、大將の君なむとりもちて仕うまつり給ひける。今日やとのみ我が身も心づかひせられ給ふをり多かるをはかなくてつもりけるも夢の心ちのみす。中宮などもおぼし忘るゝ時の間なく戀ひきこえたまふ。


春の光を見給ふにつけてもいとゞくれ惑ひたるやうにのみ御心ひとつは悲しさのあらたまるべくもあらぬに、とには例のやうに人々參り給ひなどすれど、御心地なやましきさまにもてなし給ひて御簾の內にのみおはします。兵部卿の宮わたり給へるにぞ、たゞうちとけたるかたにて對面し給はむとて御せうそこきこえ給ふ。

 「我が宿は花もてはやす人もなし何にか春のたづね來つらむ」。宮、うち淚ぐみ給ひて、

 「香をとめて來つるかひなく大方の花のたよりといひやなすべき」紅梅の下に步み出で給へる御さまのいとなつかしきにぞこれより外に見はやすべき人なくやと見え給へる。花