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人さへ罪を失ひつべし。薪こるさんだんの聲もそこらつどひたるひゞきおどろおどろしきを、うち休みてしづまりたる程だに哀におぼさるゝを、ましてこの比となりて何事につけても心ぼそくのみおぼししる。明石の御方に三宮して聞えたまへる。

 「をしからぬこの身ながらもかぎりとて薪つきなむことのかなしさ」。御かへり心ぼそきすぢは後の聞えも心おくれたるわざにや、そこはかとなくぞあめる。

 「薪こるおもひはけふをはじめにてこの世にねがふ法ぞはるけき」。夜もすがらたふときことにうちあはせたる鼓の聲絕えずおもしろし。ほのぼのと明け行く朝ぼらけ、霞の間より見えたる花のいろいろ猶春に心とまりぬべく匂ひわたりて百千鳥のさへづるも笛の音に劣らぬ心ちして物の哀もおもしろさも殘らぬ程に、陵王の舞ひて急になる程の末つかたの樂花やかに振はゝしく聞ゆるに、皆人のぬぎかけたる物のいろいろなども物の折からにをかしうのみ見ゆ。み子達上達部の中にも、物の上手ども手のこさず遊び給ふ。かみしも心ちよげに興ある氣色どもなるを見給ふにものこり少しと身をおぼしたる御心のうちには萬の事哀におぼえ給ふ。昨日例ならず起き居させ給へりし名殘にやいと苦しうて臥し給へる、年比かゝる物の折ごとに參りつどひ遊び給ふ人々の御かたち有樣のおのがじゝの才ども琴笛の音をも今日や聞き給ふべきとぢめならむとのみおぼさるれば、さしも目とまるまじき人の顏どもゝ哀に見渡され給ふ。まして夏冬の時につけたる遊び戯ぶれにもなまいどましきしたの心はおのづから立ちまじりもすらめど、さすがに情をかはし給ふ方々は誰も久しくと