Page:Kokubun taikan 02.pdf/234

提供:Wikisource
このページは校正済みです

れむきざみには捨てがたく、なかなか山水のすみか濁りぬべくおぼしとゞこほるほどに、唯うちあざへたる思ひのまゝの道心起す人々にはこよなうおくれ給ひぬべかめり。御ゆるしなくて心ひとつにおぼしたゝむもさまあしくほいなきやうなればこの事によりてぞ女君もうらめしく思ひ聞え給ひける。我が御身をも罪輕かるまじきにやと後めたくおぼされけり。年比わたくしの御願にて書かせ奉り給ひける法華經千部急ぎて供養し給ふ。我が御殿とおぼす二條院にてぞし給ひける。七僧の法服などしなしな給はす。物の色縫ひ目よりはじめて淸らなる事かぎりなし。大かた何事もいといかめしきわざどもをせられたり。ことごとしきさまにも聞え給はざりければ委しき事どもゝしらせ給はざりけるに、女の御おきてにはいたりふかく佛の道にさへ通ひ給ひける御心の程を、院はいと限なしと見奉り給ひて大方の御しつらひ何かの事ばかりをなむ營ませ給ひける樂人舞人などのことは大將の君とりわきて仕うまつり給ふ。內、春宮、きさいの宮達をはじめ奉りて御方々こゝかしこに御誦經ほうもちなどばかりの事をうちし給ふだに所せきに、ましてその比この御いそぎを仕うまつらぬ所なければいとこちたき事どもあり。いつの程にいとかくいろいろおぼしまうけゝむ、げにいそのかみの世々を經たる御願にやとぞ見えたる。花散里と聞えし御方、明石なども渡り給へり。南東の戶をあけておはします。寢殿の西の塗籠なりけり。北の廂に方々の御局どもはさうじばかりをへだてつゝしたり。やよひの十日なれば花盛にて、空の景色などもうらゝかに物おもしろく、佛のおはすなる處の有樣遠からず思ひやられて、ことなる深き心もなき