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り給ふ。おとゞかゝる事を聞き給ひて人わらはれなるやうにおぼし歎く。「しばしはさても見給はでおのづから思ふところ物せらるらむものを女のかくひききりなるもかへりては輕く覺ゆるわざなり。よしかくいひそめつとならば何かはをれてふとしも歸り給ふ。おのづから人の氣色心ばへは見えなむ」とのたまはせてこの宮に藏人の少將の君を御使にて奉り給ふ。

 「契あれや君を心にとゞめおきてあはれと思ひうらめしときく。猶えおぼしはなたじ」とある御文を少將もておはしてたゞいりに入り給ふ。南面の簀子にわらうださし出でゝ人々もの聞えにくし。宮はましてわびしとおぼす。この君は、中にいとかたちよくめやすきさまにてのどやかに見まはしていにしへを思ひ出でたる氣色なり。「參りなれにたる心ちしてうひうひしからぬにさも御覽じゆるさずもやあらむ」などばかりぞかすめ給ふ。「御返しいと聞えにくゝてわれは更にえかくまじ」との給へば「御志もうたてわかわかしきやうに、せじがきはた聞えさすべきにやは」と集まりて聞えさすればまづ打ち泣きて、故上おはせましかばいかに心づきなしとおぼしながらも罪をかくい給はましと思ひ出で給ふに、淚の水莖にさきだつ心ちしてかきやり給はず。

 「何ゆゑか世に數ならぬ身ひとつをうしとも思ひかなしともきく」とのみおぼしけるまゝに、かきもとぢめ給はぬやうにておしつゝみて出し給ひつ。少將は人々と物語して「時々さぶらふにかゝる御簾の前はたつきなき心ちし侍るを今よりはよすがある心ちして常に參