Page:Kokubun taikan 02.pdf/226

提供:Wikisource
このページは校正済みです

て心ことなるをとりかさねてたきしめ給ひ、めでたうつくろひけさうして出で給ふを、ほかげに見いだして忍び難く淚の出でくれば脫ぎとめ給へるひとへの袖をひきよせて、

 「なるゝ身をうらみむよりは松島のあまの衣にたちやかへまし。猶うつし人にてはえすぐすまじかりけり」とひとりごとにのたまふを、立ちとまりて「さも心うき御心かな。

  松島のあまのぬれぎぬなれぬとてぬぎかへつてふ名をたゝめやは」。うちいそぎていとなほなほしや。かしこには猶さし籠り給へるを、人々「かくてのみやは。若々しうけしからぬ聞えも侍りぬべきを、例の御有樣にて、あるべき事をこそ聞え給はめ」など萬に聞えければ、さもある事とはおぼしながら今より後よその聞えをも我が御心の過ぎにし方をも心づきなくうらめしかりける人のゆかりとおぼししりてその夜も對面し給はず。「戯れにくゝ珍らかなり」と聞え盡し給ふ。人もいとほしと見奉る。「聊も人心ちするをりあらむに忘れ給はずばともかうも聞えむ。この御服の程は一筋に思ひ亂るゝことなくてだに過ぐさむとなむ深くおぼしのたまはするを、かくいとあやにくにしらぬ人なくなりぬめるを、猶いみじうつらきものに聞え給ふ」と聞ゆ。「思ふ心は又ことざまに後やすきものを、思はずなりける世かな」と打ち歎きて「例のやうにておはしまさば物ごしなどにても思ふことばかり聞えて、御心破るべきにもあらず。數多の年月をも過ぐしつべくなむ」などつきもせず聞え給へど「猶かゝるみだれにそへてわりなき御心なむいみじうつらき。人のきゝ思はむことも萬になのめならざりける身のうさをばさるものにて殊更に心うき御心がまへなり」と又いひかへし恨み