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なし、見捨てゝ死なむは後めたし」とのたまふにいとをかしきさまのみまさればこまやかに笑ひて「近くこそ見給はざらめ、よそにはなどか聞き給はざらむ。さても契深かなる世をしらせむの御心なゝり。俄にうち續くべかなるよみぢのいそぎはさこそは契り聞えしか」といとつれなく聞えて、何くれとこしらへ聞え慰め給へばいと若やかに心うつくしうらうたき心はたおはする人なればなほざりごとゝ見給ひながら、おのづからなごみつゝ物し給ふを、いと哀とおぼすものから心は空にて、かれもいと我が心をたてゝつようものものしき人のけはひには見え給はねど、もし猶ほ意ならぬことにて尼になども思ひなり給ひなばをこがましうもあべいかなと思ふに、暫しはとだえおくまじうあわたゞしき心ちして暮れ行くまゝに、今日も御かへりだになきよとおぼして心にかゝりていみじうながめをし給ふ。昨日今日つゆも參らざりける、物聊參りなどしておはす。「昔より御ために志のおろかならざりしさま、おとゞのつらくもてなし給ひしに、世の中のしれがましき名をとりしかど堪へ難きをねんじてこゝかしこすくみ氣色ばみしあたりを數多聞き過ぐしゝ有樣は女だにさしもあらじとなむ、人ももどきし。今思ふにもいかでかはさありけむと、我が心ながらいにしへだに重かりけりと思ひしらるゝを、今はかくにくみ給ふともおぼしすつまじき人々いと所せきまで數そふめれば御心ひとつにもてはなれ給ふべくもあらず。又よしみ給へや、命こそさだめなき世なれ」とてうち泣き給ふこともあり。女も昔の事を思ひ出で給ふに哀にもありがたかりし御中のさすがに契深かりけるかななど思ひ出でたまふ。なよびたる御ぞどもぬぎ給う