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きを、さやうに嫌疑はなれても、又かの遣言はたがへじと思ひ給へて唯かくいひあつかひ侍るなり。院のわたらせ給へらむにも事のついで侍らばかうやうにまねび聞えさせ給へ。ありありて心づきなき心つかふとおぼしのたまはむをはゞかり侍りつれどげにかやうのすぢにてこそ人のいさめをもみづからの心にも隨はぬやうに侍りけれ」と忍びやかに聞え給ふ。「人のいつはりにやと思ひ侍りつるを誠にさるやうある御氣色にこそは。皆世の常のことなれど三條の姬君のおぼさむ事こそいとほしけれ。のどやかにならひ給うて」と聞え給へば、「らうたげにものたまへなす姬君かな。いと鬼々しう侍るさがなものを」とて「などてかそれをもおろかにはもてなし侍らむ。かしこけれど御ありさまどもにてもおしはからせ給へ。なだらかならむのみこそ人はつひのことには侍るめれ。さがなくことがましきも暫しはなまむつかしう煩らはしきやうには憚らるゝことあれど、それにしも隨ひはつまじきわざなれば事の亂れ出できぬるのちわれも人もにくげにあきたしや。猶南のおとゞの御心用ゐこそさまざまにありがたう、さてはこの御方の御心などこそはめでたきものには見奉りはて侍りぬれ」などほめ聞え給へば、笑ひ給ひて「物のためしに引きいで給ふ程に身の人わろき覺えこそ顯はれぬべう。さてをかしきことは院のみづからの御くせをば人しらぬやうに聊あだあだしき御心づかひをばたいしとおぼいていましめ申し給ふ、しりうごとにも聞え給ふめるこそさかしだつ人のおのがうへしらぬやうに覺え侍れ」とのたまへば「さなむ常にこの道をしもいましめ仰せらるゝ。さるはかしこき御敎ならでもいとよくをさめて侍る心を」とてげにを