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けなくあはつけき人の心なりけりと、ねたくつらければ若々しきやうにはいひさわぐともとおぼして塗籠におましひとつしかせ給ひて內よりさして大殿ごもりにけり。これもいつまでにかは、かばかりに亂れ立ちにたる人の心どもはいと悲しう口をしうおぼす。男君はめざましうつらしと思ひ聞え給へどかばかりにては何のもてはなるゝことかはと、のどかにおぼして萬に思ひあかし給ふ。山鳥の心ちぞし給ひける。辛うじて明方になりぬ。かくてのみことゝいへばひたおもてなるべければ出で給ふとて唯聊のひまをだにといみじう聞え給へどいとつれなし。

 「恨みわびむねあきがたき冬の夜にまたさしまさる關のいはかど。聞えむ方なき御心なりけり」となくなく出で給ふ。六條院にぞおはして休ひ給ふ。ひんがしのうへ「一條の宮渡し奉り給へることゝかの大殿わたりなどに聞ゆる、いかなる御事にかは」といとおほどかにの給ふ。御簾に御几帳そへたれどそばよりほのかには猶見え奉り給ふ。「さやうにも猶人のいひなしつべきことに侍り。故御息所はいと心强うあるまじきさまにいひはなち給ひしかど、かぎりのさまに御心ちの弱りけるに又見ゆづるべき人のなきや悲しかりけむ。なからむ後のうしろみにとやうなることの侍りしかばもとよりの志も侍りしことにてかく思ひ給へなりぬるをさまざまいかに人あつかひ侍らむかし。さしもあるまじきことをもあやしう人こそ物いひさがなきものにあれ」とうち笑ひつゝ「かのさうじみなむ、猶世にへじと深う思ひたちて尼になりなむと思ひむすぼゝれ給ふめれば、なにかはこなたかなたにきゝにくゝも侍るべ