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て思ひ給へらむ氣色もゆかしければ「御息所の忌はてぬらむな。昨日今日と思ふほどに三そ年よりあなたのことになる世にこそあれ。哀にあぢきなしや。夕の露のかゝる程のむさぼりよ。いかでこのかみそりて萬そむきすてむと思ふを、さものどやかなるやうにても過ぐすかな。いとわろきわざなりや」とのたまふ。「誠にをしげなき人だにおのがじゝは離れ難く思ふ世にこそ侍るめれ」など聞えて「御息所の四十九日のわざなど大和守某のあさん一人あつかひ侍る、いと哀なるわざなりや。はかばかしきよすがなき人は生ける世のかぎりにてかゝる世の果こそ悲しう侍りけれ」と聞え給ふ。「院よりもとぶらはせ給ふらむ。かのみこいかに思ひ歎き給ふらむ。はやう聞きしよりはこの近き年頃事にふれてきゝ見るに、この更衣こそ口惜しからずめやすき人のうちなりけれ。大方の世につけて惜しきわざなりや。さてもありぬべき人のかううせゆくを院もいみじう驚きおぼしたりけり。かのみここそはこゝに物し給ふ入道の宮よりさしつぎにはらうたうし給ひけれ。人ざまもよくおはすべし」とのたまふ。「御心はいかゞ物し給ふらむ。御息所はこともなかりし人のけはひ心ばせになむ。したしう打ち解け給はざりしかどはかなきことのついでにおのづから人の用意はあらはなるものになむ侍る」と聞え給ひて宮の御事もかけずいとつれなし、かばかりのすくよけ心に思ひそめてむこと諫めむにかなはじ、用ゐざらむものから我さかしにこと出でむもあいなしとおぼして止みぬ。かくて御法事に萬とりもちてせさせ給ふ。ことの聞えおのづから隱れなければ大殿などにも聞き給ひてさやはあるべきなど、女がたの心あさきやうに、おぼしなすぞわりなき