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のすき心思ひいらるゝはもどかしう現心ならぬことに見聞きしかど、身のうへにてはげにいと堪へがたかるべきわざなりけり、あやしや、などかうしも思ふらむと思ひかへし給へどえしもかなはず。六條院にも聞しめしていとおとなしう萬を思ひしづめ人のそしり所なくめやすくて過ぐし給ふをおもだゝしう我がいにしへ少しあざればみあだなる名をとり給ひしおもておこしに嬉しう覺しにたるを、いとほしういづ方にも心苦しき事のあるべきことさしはなれたるなからひにてだにあらでおとゞなどもいかに思ひ給はむ、さばかりの事たどらぬにはあらじ、宿世といふもの遁れわびぬる事なり、ともかくも口いるべきことならずとおぼす。女のためのみこそ何方にもいとほしけれとあいなく聞しめしなげく。紫の上にもきし方行く先のことおぼし出でつゝかうやうのためしを聞くにつけてもなからむ後うしろめたう思ひ聞ゆるさまをのたまへば、御顏うち赤めて心うくさまでおくらかし給ふべきにやとおぼしたり。女ばかり身をもてなすさまも所せう哀なるべきものはなし。物の哀をもをかしきことをも見知らぬさまにひきいりしづみなどすれば何につけてか世にふるはえばえしさも常なき世のつれづれをも慰むべきぞは、大かた物の心をしらずいふかひなきものにならひたらむもおほしたてけむ親もいと口をしかるべきものにはあらずや、心にのみこめて無言太子とか、法師ばらの悲しきことにする昔のたとひのやうに惡しき事善き事を思ひしりながらうづもれなむもいふかひなし、我が心ながらもよき程にはいかでたもつべきぞとおぼしめぐらすにも今はたゞ女一の宮の御ためなり。大將の君參り給へるついであり