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ばゆげにわざとなく扇をさしかくし給へる手つき、女こそかうはあらまほしけれ、それだにかうはあらぬをと見奉る。物思ひのなぐさめにしつべくゑましきかほのにほひにて少將の君をとりわきてめしよす。簀子の程もなけれど奧に人やあらむと後めたくてえこまやかにも語らひ給はず。「猶近くてを、なはなち給ひそ、かく山深く分けいる志は隔て殘るべくやは。霧もいと深しや」とてわざとも見入れぬさまに山の方をながめてなほなほと切にのたまへば、鈍色の几帳を簾垂のつまより少しおし出でゝ据をひきそばめつゝ居たり。大和守の妹なれば離れ奉らぬうちに幼くよりおほしたて給ひければきぬの色いとこくてつるばみの喪ぎぬ一襲小袿着たり。「かく盡せぬ御事はさるものにて聞えむ方なき御心のつらさを思ひそふるに心魂もあくがれはてゝ見る人ごとに咎められ侍れば今は更に忍ぶべき方なし」といと多く恨みつゞけ給ふ。かの今はの御文のさまものたまひ出でゝいみじう泣き給ふ。この人もましていみじう泣きいりつゝ「その夜の御返りさへ見え侍らずなりにしを今は限の御心にやがておぼしいりて暗うなりにし程の空の氣色に御心ちまどひにけるを、さるよわめに例のものゝけのひきいれ奉るとなむ見給へし。過ぎにし御事にもほどほど御心惑ひ給ひぬべかりし折々多く侍りしを、宮の同じさまにしづみ給ひしをこしらへ聞えむの御心づよさになむやうやう物覺え給ひし。この御歎をばお前には唯われかの御氣色にてあきれてくらさせ給ひし」などのどめがたげに打ち歎きつゝはかばかしうもあらずきこゆ。「そよや、そもあまりにおぼめかしういふかひなき御心ちなり。今はかたじけなくとも誰をかはよるべに思