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ぼす。いと疾くことなしびに、

 「いづれとかわきてながめむ消えかへる露も草葉のうへと見ぬ世を。大方にこそ悲しけれ」とかい給へり。猶かく隔て給へることゝ露の哀をばさしおきてたゞならず歎きつゝおはす。猶かく覺束なくおぼしわびて又わたり給へり。御忌などすぐしてのどやかにとおぼし靜めけれど、さてしも忍びはつまじう今はこの御なき名の何かはあながちにもつゝまむ、唯世づきてつひの思ひかなふべきにこそはと覺したちにければ、北の方の御思ひやりをあながちにもあらがひ聞え給はず、さうじみはつようおぼしはなるともかの一夜ばかりの御文をとらへ所にかこちてえしもすゝぎはて給はじとたのもしかりけり。九月十餘日、野山の氣色はふかく見しらぬ人だにたゞにやはおぼゆる、山風に堪へぬ木々の木末も峯の葛葉も心あわたゞしう爭ひ散るまぎれに、たふとき讀經の聲かすかに念佛などの聲ばかりして人のけはひいと少なう、木枯の吹き拂ひたるに鹿は唯籬のもとにたゝずみつゝ山田のひたにも驚かず色こき稻どもの中にまじりてうちなくもうれへがほなり。瀧の聲はいとゞ物思ふ人を驚かしがほに耳かしがましうとゞろきひゞく。叢の蟲のみぞより所なげになきよわりて枯れたる草の下よりりんだうのわれひとりのみ心ながうはひ出でゝ露けく見ゆるなど、皆例のこの比のことなれど折から所からにやいと堪へ難き程の物悲しさなり。例の妻戶のもとに立ちより給ひてやがて眺め出して立ち給へり。なつかしき程のなほしに色こまやかなる御ぞのうちめいとけうらにすきてかげよわりたる夕日のさすがに何心もなうさしきたるにま