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しみて、消え失せ給ひにし事をおぼし出づるに、後の世の御罪にさへやなるらむと胸にみつ心地して、この人の御事をだにかけていへばいとゞつらく心うき淚のもよほしにおぼさる。人々聞え煩ひぬ。ひとくだりの御返りだになきを、しばしは心惑ひのし給へるなどおぼしけるに、あまりに程經ぬれば悲しき事もかぎりあるを、などかかくあまり見しり給はずはあるべき、いふかひなく若々しきやうにとうらめしうことごとのすぢに花や蝶やとかけばこそあらめ、我が心に哀と思ひ物歎かしきかたざまのことをいかにと問ふ人は睦しう哀にこそおぼゆれ、大宮のうせ給へりしをいと悲しとせちに思ひしに、致仕のおとゞのさしも思ふ給へらず、ことわりの世の別れにおほやけおほやけしきさはふばかりの事をけうじ給ひしにつらく心づきなかりしに、六條院のなかなかねんごろに後の御事をも營み給ひにしが、我がかたざまといふ中にも嬉しう見奉りし、その折に故衞門督をば取りわきて思ひつきにしぞかし、人がらのいたうしづまりて物をいたう思ひとゞめたりし心に哀もまさりて人より深かりしがなつかしう覺えしなど、つれづれと物をのみおぼしつゞけて明し暮し給ふ。女君猶この御中の氣色をいかなるにかありけむ、御息所とこそ文かよはしも細やかにし給ふめりしかなと思ひえがたくて、夕暮の空をながめ入りて臥したまへるところに若君してたてまつれ給へる、はかなき紙のはしに、

 「哀をもいかにしりてかなぐさめむあるや戀しきなきやかなしき。おぼつかなきこそ心うけれ」とあればほゝゑみて樣々にかく思ひよりてのたまふ。似げなのなきがよそへやとお