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闇に惑へる心ちすれ。猶聞え慰め給ひて聊の御返りもあらばなむ」などのたまひおきて立ち煩ひ給ふもかるがるしうさすがに人さわがしければ歸り給ひぬ。今宵しもあらじと思ひつる事どものしたゝめいと程なくきはきはしきをいとあへなしと覺いて近き御さうの人々めしおほせてさるべき事ども仕うまつるべくおきて定めて出で給ひぬ。事の俄なればそぐやうなりつる事ども嚴めしう人數などもそひてなむ。大和守もありがたき殿の御心おきてなど悅びかしこまりきこゆ。名殘だになくあさましきことゝ宮はふしまろび給へどかひなし。親と聞ゆともいとかくはならはすまじきものなりけり。見奉る人々もこの御事を又ゆゝしう歎き聞ゆ。大和守のこりの事どもしたゝめて、「かく心ぼそくてはえおはしまさじ。いと御心のひまあらじ」など聞ゆれど猶峯の煙をだにけぢかくて思ひ出で聞えむとこの山里に住みはてなむとおぼいたり。御忌にこもれる僧は東面のそなたの渡殿しもやなどにはかなき隔てしつゝかすかにゐたり。西の廂をやつして宮はおはします。明け暮るゝもおぼしわかねど月比へければ九月になりぬ。山おろしいとはげしう木の葉のかくろへなくなりて萬の事いといみじき程なれば、大方の空にもよほされてひるまもなくて覺し歎き、命さへ心にかなはずといとはしういみじうおぼす。さぶらふ人々も萬に物悲しう思ひまどへり。大將殿は日々にとぶらひ聞え給ふ。寂しげなる念佛の僧など慰むばかり萬の物を遣はしとぶらはせ給ひ、宮のお前には哀に心深き言の葉を盡して恨み聞え、かつはつきもせぬ御とぶらひを聞え給へど取りてだに御覽ぜず、すゞろにあさましきことをよわれる御心ちに疑ひなくおぼし