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子におしかゝり給ひて女房よび出でさせ給ふに、あるかぎり心もをさまらず物覺えぬほどなり。かくわたり給へるにぞ聊なぐさめて少將の君はまゐる。物もえのたまひやらず、淚もろにおはせぬ心づよさなれど所のさま人のけはひなどをおぼしやるもいみじうて常なき世の有樣の人のうへならぬもいと悲しきなりけり。やゝためらひて「よろしうをこたり給ふさまに承りしかば思ひ給へたゆみたりし程に夢もさむる程侍るなるを、いとあさましうなむ」と聞え給へり。おぼしたりしさまこれにおほくは御心も亂れにしぞかしとおぼすに、さるべきとはいひながらもいとつらき人の御契なればいらへをだにし給はず「いかに聞えさせ給ふとか聞え侍るべき。いとかるらかならぬ御さまにて、かくふりはへ急ぎ渡らせ給へる御心ばへをおぼしわかぬやうならむもあまりに侍りぬべし」と口々きこゆれば「たゞおしはかりて。われはいふべきことも覺えず」とて臥し給へるもことわりにて「只今はなき人と異ならぬ御有樣にてなむ。渡らせ給へる由は聞えさせ侍りぬ」と聞ゆ。この人々もむせかへるさまなれば「聞えやるべき方もなきを今少し自らも思ひのどめ又しづまり給ひなむに參りこむ。いかにしてかくにはかにと、その御有樣なむゆかしき」との給へば、まほにはあらねどかのおもほし歎きし有樣をかたはしづゝ聞えて「かこち聞えさするさまになむなり侍りぬべき。今日はいとゞ亂りがはしき心ちどものまどひに聞えさせたがふる事どもゝ侍りなむ。さらばかくおぼし惑へる御心ちも限りあることにて少ししづまらせ給ひなむ程に、聞えさせうけ給はらむ」とてわれにもあらぬさまなればのたまひ出づることも口ふたがりて「げにこそ