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には歸りおはすべき事にもあらず。慕ひきこえ給ふともいかでか御心にはかなふべき」とさらなることわりを聞えて「いとゆゝしうなき御爲にも罪深きわざなり。今はさらせ給へ」とひきうごかい奉れどすくみたるやうにて物も覺え給はず。修法の壇毀ちてほろほろといづるにさるべきかぎりかたへこそ立ちとまれ、今はかぎりのさまいと悲しう心ぼそし。所々の御とぶらひいつのまにかと見ゆ。大將殿も限なく聞き驚き給ひてまづ聞え給へり。六條院よりも致仕の大殿よりもすべていとしげう聞えたまふ。山のみかども聞しめしていと哀に御文かいたまへり。宮はこの御せうそこにぞ御ぐしもたげ給ふ。「日比重く惱み給ふと聞きわたりつれど例もあしうのみ聞き侍りつるならひにうちたゆみてなむ、かひなき事をばさるものにて思ひ歎い給ふらむありさまおしはかるなむ哀に心苦しき。なべての世のことわりに覺しなぐさめ給へ」とあり。目も見え給はねど御返しきこえ給ふ。常にさこそあらめとのたまひける事とて今日やがてをさめ奉るとて御甥の大和守にてありけるぞよろづにあつかひ聞えける。骸をだにしばし見奉らむとて宮は惜み聞え給ひけれど、さてもかひあるべきならねば皆急ぎたちてゆゝしげなる程にぞ大將殿おはしたる。「今日よりのち日ついであしかりけり」など人ぎゝにはの給ひていともかなしう哀に宮のおぼし歎くらむことをおしはかり聞え給ひて「かくしも急ぎ渡り給ふべき事ならず」と人々いさめ聞ゆれどしひておはしましぬ。程さへ遠くて入り給ふほどいと心すごし。ゆゝしげに引き隔てめぐらしたる儀式のかたは隱してこの西おもてに入れ奉る。大和守出できてなくなくかしこまり聞ゆ。妻戶の簀