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給ひし御氣色を、忍びあへで後の聞えをもつゝみあへず恨み聞え給ひしをその御返りだに見えず。今日の暮れはてぬるをいかばかりの御心にかはともてはなれてあさましう心も碎けてよろしかりつる御心ち又いといたう惱み給ふ。なかなかさうじみの御心のうちは、このふしを殊に憂しとおぼし驚くべきことしなければ、唯覺えぬ人にうち解けたりし有樣を見えしことばかりこそ口をしけれ、いとしもおぼししまぬをかくいみじうおぼいたるをあさましうはづかしうあきらめ聞え給ふ方なくて例よりも物はぢし給へる氣色見え給ふを、いと心苦しう物をのみおぼしそふべかりけると見奉るも胸つとふたがりて悲しければ「今さらにむつかしき事をば聞えじと思へど、猶御宿世とはいひながら思はずに心をさなくて人のもときをおひ給ふべきことを取り返すべき事にはあらねど、今よりは猶さる心し給へ。數ならぬ身ながらも萬にはぐゝみ聞えつるを今は何事をもおぼししり世の中のとざまかうざまの有樣をもおぼしたどりぬべき程に見奉りおきつることゝ、そなたざまは後安くこそ見奉りつれ。猶いといはけて强き御心おきてのなかりける事と思ひ亂れ侍るに、今暫しの命もとゞめまほしうなむ。たゞ人だに少しよろしくなりぬる女のひとふたりと見るためしは心うくあはつけきわざなるを、ましてかゝる御身にはさばかりおぼろげにて人の近づき聞ゆべきにもあらぬを思の外に心にもつかぬ有樣と年比も見奉りなやみしかど、さるべき御宿世にこそは。院よりはじめ奉りておぼしなびき、この父おとゞにもゆるひ給ふべき御氣色ありしに、おのれ一人しも心をたてゝいかゞはと思ひよわり侍りし事なれど末の世までものしき