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り。女君の寢給へるによべのおましのしたなどさりげなくて搜り給へどなし。隱し給へらむ程もなければいと心やましくて明けぬれど頓にも起き給はず。女君は君達におどろかされてゐざり出で給ふにぞ、われも今起き給ふやうにて萬にうかゞひ給へどえ見つけ給はず。女はかく求めむとも思ひ給へらぬをぞ、げにけさうなき御文なりけりと心にも入れねば君達のあわて遊びひゝなつくりすゑて遊び給ふ。文よみ手ならひなどさまざまにいとあわたゞしくちひさきちごはひかゝりひきしろへばとりし文のことも思ひ出で給はず。男はこと事もおぼえ給はずかしこに疾く聞えむと覺すに、よべの御文のさまもえたしかに見ずなりにしかば見ぬさまならむもちらしてけると推し量り給ふべしなど思ひ亂れ給ふ。誰もたれも御だい參りなどして長閑になりぬる晝つかた思ひわづらひて「よべの御文は何事かありし。あやしう見せ給はで今日もとぶらひ聞ゆべし。なやましうて六條にもえ參るまじければ文をこそは奉らめ。何事かありけむ」との給ふがいとさりげなければ、文はをこがましうとりてけりとすさまじうてその事をばかけ給はず。「一夜の深山風にあやまち給へるなやましさななりとをかしきやうにかこち聞え給へかし」と聞え給ふ。「いでこのひがごとな常にのたまひそ。何のをかしきやうかある。世人になずらへ給ふこそなかなかはづかしけれ。この女房達もかつはあやしきまめざまをかくのたまふことほゝゑむらむものを」とたはぶれごとにいひなして「その文よいづら」とのたまへどとみにもひき出で給はぬ程に猶物語など聞えてしばしふし給へる程に暮れにけり。ひぐらしの聲に驚きて、山のかげいかに霧ふたがりぬら