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ばかり、かくうるはしだち給へるに憚りて若やかにをかしきさましてのたまへばうち笑ひて「そはともかくもあらむ。世の常のことなり。又あらじかし。よろしうなりぬるをのこのかくまがふ方なくひとつ所を守らへて物おぢしたる鳥のせうようのものゝやうなるはいかに人笑ふらむ。さるかたくなしきものにまもられ給ふは御ためにもたけからずや。あまたが中に猶きはまさり殊なるけぢめ見えたるこそよその覺えも心にくゝ我が心ちも猶ふりがたくをかしきことも哀なるすぢもたえざらめ。かく翁のなにがしまもりけむやうにをれまどひたればいとぞ口をしき。いづこのはえかあらむ」とさすがにこの文の氣色なくをこづりとらむの心にて欺き申し給へば、いと匂ひやかにうち笑ひて「物のはえばえしさつくり出で給ふ程、ふりぬる人くるしや。いと今めかしくなりかはれる御氣色のすさまじさも見習はずなりにけることなればいとなむ苦しき。かねてよりならはし給はで」とかこち給ふもにくゝもあらず。「俄にとおぼすばかりには何事か見ゆらむ。いとうたてある御心のくまかな。よからず物聞えしらする人ぞあるべき。怪しうもとよりまろをば許さぬぞかし。猶かの綠の袖のなごりあなづらはしきにことつけてもてなし奉らむと思ふやうあるにや。いろいろ聞きにくき事どもほのめくめり。あいなき人の御ためにもいとほしう」などのたまへど遂にあるべき事とおぼせばことにあらがはず。大輔の乳母いと苦しときゝて物も聞えず、とかくいひしろひてこの御文はひきかくし給ひつればせめてもあさりとらでつれなく大殿籠りぬれば胸はしりて、いかでとりてしがなと御息所の御文なめり。何事ありつらむと目もあはず思ひふし給へ