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へわづらひてなむ、

  女郞花しをるゝ野邊をいづことてひと夜ばかりの宿をかりけむ」とたゞかきさしておしひねりて出し給ひて臥し給ひぬるまゝに、いといたく苦しがり給ふ。御物のけのたゆめけるにやと人々いひ騷ぐ。例のげんあるかぎりいと騷がしうのゝしる。「宮をば猶渡らせ給ひね」と人々聞ゆれど御身のうきまゝに後れ聞えじとおぼせばつとそひ給へり。大將殿はこの晝つ方より三條殿におはしにける。今宵立ちかへりまうで給はむにことしもありがほにまだきに聞き苦しかるべしなど念じ給ひて、いとなかなか年比の心もとなさよりもちへにもの思ひかさねて歎き給ふ。北の方はかゝる御ありきの氣色ほのぎゝて心やましと聞き居給へるにしらぬやうにて君達もて遊びまぎらはしつゝ、我が晝のおましにふし給へり。宵過ぐる程にぞこの御返りもて參れるを、かく例にもあらぬ鳥の跡のやうなれば頓にもとき給はで大となぶら近うとりよせて見給ふ。女君物隔てたるやうなれどいと疾く見つけ給ひてはひよりて御後よりとり給ひつ。「あさましうこはいかにし給ふぞ。あなけしからず。六條の東の上の御文なり。けさ風おこりてなやましげにし給へるを、院の御前に侍りて出づる程又もまうでずなりぬればいとほしさに今のまいかにと聞えたりつるなり。見給へよ、けさうびたる文のさまか。さてもなほなほしの御さまや。年月にそへていたうあなづり給ふこそうれたけれ。思はむ所をむげにはぢ給はぬよ」と打ちうめきてをしみがほにもひこじろひ給はねばさすがにふとも見でも給へり。「年月にそふるあなづらはしさは御心ならひなべかめり」と