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ことそへてけざやかに聞えさせつる。もしさやうにかすめ聞えさせ給はゞ同じさまに聞えさせ給へ」と申す。歎い給へる氣色は聞え出でず。さればよといとわびしくて物ものたまはぬ、御枕よりしづくぞおつる。この事にのみもあらず身の思はずになりそめしよりいみじう物をのみ思はせ奉ることゝ、生けるかひなく思ひつゞけたまひて、この人はかうてもやまでとかくいひかゝづらひ出でむも、煩しう聞き苦しかるべうよろづに覺す。まいていふかひなく人のことによりていかなる名をくださましなど、少しおぼしなぐさむる方はあれど、かばかりになりぬるたかき人のかくまでもすゞろに人に見ゆるやうはあらじかしと、すくせうくおぼしくして夕つ方ぞ「猶わたらせ給へ」とあれば、中の塗籠の戶あけあはせて渡り給へる。苦しき御心ちにもなのめならずかしこまりかしづき聞え給ふ。常の御さはふあやまたず、おきあがり給うて「いと亂りがはしく侍れば渡らせ給ふも心ぐるしうてなむ。この二日三日ばかり見奉らざりけるほどの年月の心地するも、かつはいとはかなくなむ。後必ずしも對面の侍るべきにも侍らざめり。又めぐり參るともかひやは侍るべき。思へば唯時のまに隔たりぬべき世の中をあながちにならひ侍りけるも悔しきまでなむ」などなき給ふ。宮も物のみ悲しうとりあつめおぼさるれば、聞え給ふこともなくて見奉り給ふ。物つゝみをいたうし給ふ本性にきはきはしうのたまひさはやぐべきにもあらねば耻しとのみ覺すに、いといとほしうて、いかなりしなども問ひ聞え給はず、大となぶらなど急ぎ參らせて御臺などこなたにて參らせ給ふ。物聞しめさずときゝ給ひて、とかう手づからまかなひなほしなどし給へど觸れ給