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とほしう、何にありのまゝに聞えつらむ、苦しき御心ちをいとゞおぼし亂るらむと悔しう思ひゐたり。「さうじはさしてなむ」と萬に宜しきやうに聞えなせど「とてもかくてもさばかりに何の用意もなくかるらかに人に見え給ひけむこそいといみじけれ。內々の御心ぎようおはすともかくまでいひつる法師ばらよからぬわらはべなどはまさにいひ殘してむや。人にはいかにいひあらがひ、さもあらぬことゝいふべきにかあらむ。すべて心をさなきかぎりしもこゝに侍ひて」ともえのたまひやらず、いと苦しげなる御心ちに物をおぼし驚きたればいといとほしげなり。け高うもてなし聞えむとおぼいたるに、よづかはしうかるがるしき御名の立ち給ふべきを疎ならず覺し歎かる。「かう少し物覺ゆるひまに渡らせ給ふべう聞えよ。そなたへ參りくべけれど動くべうもあらでなむ。見奉らで久しうなりぬる心ちすや」と淚をうけてのたまふ。「參りてしかなむ聞えさせ給ふ」とばかりきこゆ。渡り給はむもとて御額髮のぬれまろかれたるひきつくろひ、單衣の御ぞほころびたる着かへなどし給ひても頓にもえうごい給はず。この人々もいかに思ふらむ、まだえしり給はで後にいさゝかも聞き給ふことあらむにつれなくてありしよとおぼし合せむも、いみじうはづかしければ又ふし給ひぬ。「心ちのいみじうなやましきかな。やがてなほらぬさまにもなりなばいとめやすかりぬべくこそ。あしのけののぼりたる心ちす」とおしくださせ給ふ。物をいと苦しうさまざまに覺すにはけぞあがりける。少將「うへにこの御事ほのめかし聞えける人こそはべけれ。いかなりしことぞ」と問はせ給へればありのまゝに聞えさせて「御さうじのかためばかりをなむ少し