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 「大かたはわがぬれぎぬをきせずともくちにし袖の名やはかくるゝ。ひたぶるにおぼしなりねかし」とて月あかき方にいざなひ聞ゆるもあさましとおぼす。心づようもてなし給へどはかなうひきよせ奉りて「かばかりたぐひなき志を御覽じしりて心やすうもてなし給へ。御ゆるしあらでは更に更に」といとけざやかに聞え給ふ程明けがた近うなりにけり。月くまなくすみわたりて霧にも紛れずさし入りたり。あさはかなる廂の軒はほどもなき心ちすれば、月のかほに向ひたるやうなる、あやしうはしたなくて紛はし給へるもてなしなどいはむ方なくなまめき給へり。故君の御事も少し聞え出でゝさまようのどやかなる物語をぞ聞え給ふ。さすがに猶かの過ぎにし方におぼしおとすをばうらめしげに恨み聞え給ふ。御心のうちにも、かれは位などもまだ及ばざりけるほどながら誰も誰も御ゆるしありけるに、おのづからもてなされて見なれたまひにしを、それだにいとめざましき心のなりにしさまよ、ましてかうあるまじきことによそに聞くあたりにだにあらず、おほ殿などの聞き思ひ給はむことよ、なべての世のそしりは更にもいはず、院にもいかに聞し召しおもほされむなど、はなれぬこゝかしこの御心をおぼしめぐらすにいと口をしう、我が心一つにかうつよう思ふとも人の物いひいかならむ、御息所のしり給はざらむも罪えがましう、かく聞き給ひて心をさなくとおぼしのたまはむもわびしければ、「明さでだに出で給へ」とやらひ聞え給ふより外のことなし。「あさましや、ことありがほにわけ侍らむ。朝露の思はむ所に猶さらばおぼししれよ。かうをこがましきさまを見え奉りてかしこうすかいやりつとおぼし離れむこそ、その