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あさましうて見かへりたるに宮はいとむくつけうなり給ひて此の御さうじのとにゐざりいでさせ給ふをいとようたどりてひきとゞめ奉りつ。御身は入りはて給へれど御ぞの裾の殘りてさうじはあなたよりさすべき方なかりければひきたてさして水のやうにわなゝきおはす。人々もあきれていかにすべきことゝも思ひえず。こなたよりこそさすがねなどもあれ、いとわりなくて荒々しくはえひきかなぐるべくはたものし給はねば、「いとあさましう思ひ給へよらざりける御心の程になむ」と泣きぬばかりに聞ゆれど「かばかりにてさぶらはむが人よりけにうとましうめざましうおぼさるべきにやは。數ならずとも御耳なれぬる年月も重りぬらむ」とていとのどやかにさまよくもてしづめて思ふ事を聞えしらせ給ふ。聞き入れ給ふべくもあらず。くやしうかくまでとおぼす事のみやるかたなければのたまはむことはたまして覺え給はず。「いと心うくわかわかしき御さまかな。人しれぬ心にあまりぬるすきずきしきつみばかりこそ侍らめ、これよりなれすぎたることは更に御心ゆるされでは御覽ぜられじ。いかばかりちゞにくだけ侍る思ひに堪へぬぞや。さりともおのづから御覽じ知るふしも侍らむものを、しひておぼめかしうけうとうもてなさせ給ふめれば、聞えさせむ方なさにいかゞはせむ。心ちなくにくしとおぼさるともかうながら朽ちぬべきうれへを、さだかに聞えしらせ侍らむとばかりなり。いひしらぬ御氣色のつらきものからいとかたじけなければ」とてあながちに情深う用意し給へり。さうじをおさへ給へるはいと物はかなきかためなれどひきもあけず。「かばかりのけぢめをとしひて覺さるらむこそ哀なれ」とうち笑ひて