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はひに慰めつゝ誠に歸るさ忘れはてぬ。「中ぞらなるわざかな。家路は見えず、霧の籬は立ちとまるべうもあらずやらはせ給ふ。つきなき人はかゝることこそ」などやすらひて忍びあまりぬるすぢもほのめかし聞え給ふに、年比もむげに見知り給はぬにはあらねど知らぬがほにのみもてなし給へるを、かく言に出でゝ恨み聞え給ふをわづらはしうていとゞ御いらへもなければ、いたう歎きつゝ心のうちに又かゝる折ありなむやと思ひめぐらし給ふ。情なうあはつけきものには思はれ奉るともいかゞはせむ、思ひわたるさまをだにしらせ奉らむと思ひて人をめせば、御つかさのぞうよりかうぶりえたるむつましき人ぞ參れる。忍びやかにめしよせて「このりしに必ずいふべきことのあるを、護身などにいとまなげなめるを只今はうちやすむらむ。今夜このわたりにとまりてそやのしはてむ程にかの居たる方に物せむ。これかれ侍はせよ。隨身などのをこどもは栗栖野の庄近からむま草などとりかはせてこゝに人あまた聲なせそ。かうやうの旅寢はかるがるしきやうに人もとりなすべし」とのたまふ。あるやうあるべしと心得てうけたまはりて立ちぬ。「さて道いとたどたどしければこのわたりに宿かり侍る。おなじうはこのみすのもとに許されあらなむ。阿闍梨のおるゝ程までなむ」とつれなくのたまふ。例はかやうに長居してあざればみたる氣色も見え給はぬを、うたてもあるかなと宮は思せど、ことさらめきてかるらかにあなたにはひ渡り給はむもさまあしき心地して唯音せでおはしますに、とかく聞えよりて御せうそこ聞えつたへにゐざりいる人のかげにつきて入り給ひぬ。まだ夕暮の霧にとぢられて內は暗くなりにたる程なり。