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「いとかたじけなくかうまでのたまはせ渡らせたまへるをなむもしかひなくなりはて侍りなば、このかしこまりをだに聞えさせでやと思ひ給ふるになむ、今しばしかけとゞめまほしき心つき侍りぬる」と聞えいだし給へり。「渡らせ給ひし御送にもと思ひ給ひしを六條院にうけ給はりさしたる事侍りし程にてなむ、日比もそこはかとなく紛るゝこと侍りて思ひ給ふる心の程よりはこよなくおろかに御覽ぜらるゝことの苦しう侍る」など聞え給ふ。宮は奧の方にいと忍びておはしませどことごとしからぬ旅の御しつらひ淺きやうなるおましの程にて人の御けはひおのづからしるし。いとやはらかに打ちみじろきなどし給ふ。御ぞのおとなひさばかりなゝりと聞き居給へり。心も空におぼえてあなたの御せうそこ通ふほど少し遠うへだゝるひまに例の少將の君などさぶらふ人々に物語などし給ひて、「かう參りきなれ承はることの年頃といふばかりになりにけるを、こよなう物遠うもてなさせ給へるうらめしさなむ、かゝるみすの前にて人づての御せうそこなどのほのかに聞え傳ふることよ、まだこそならはね、いかにふるめかしきさまに人々ほゝゑみ給ふらむとはしたなくなむ。齡積らず輕らかなりしほどにほのすきたる方におもなれなましかばかううひうひしうも覺えざらまし。更にかばかりすくずくしうをれて年ふる人はたあらじかし」との給ふ。「げにいとあなづりにくげなるさまし給へれば、さればよと、なかなかなる御いらへ聞え出でむは耻しう」などつきしろひて「かゝる御うれへ聞しめししらぬやうなり」と宮に聞ゆれば「みづから聞え給はざめるかたはら痛さに代り侍るべきを、いと恐しきまで物し給ふめりしを見あ