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りにたり。この君はいとかしこうさりげなく聞えなれ給ひにためり。ずほふなどせさせたまふと聞きて僧の布施淨衣などやうのこまかなるものをさへ奉れ給ふ。なやみ給へばえ聞え給はず。「なべての宣旨書はものしと覺しぬべくことごとしき御さまなり」と人々聞ゆれば、宮ぞ御かへり聞え給ふ。御手はいとをかしげにて唯ひとくだりなどおほどかなるかきざまことばもなつかしき所かきそへ給へるを、いよいよ見まほしう目とまりてしげう聞えかよひ給ふ。猶遂にあるやうあるべき御なからひなめりと北の方けしきとり給へれば、わづらはしくてまうでまほしうおぼせど、頓にえいで立ち給はず。八月中の十日ばかりなれば野邊の氣色もをかしき比なるに、山里の有樣のいとゆかしければ「なにがしりしの珍しうおりたなるに、切に語らふべきことあり。御息所のわづらひ給ふなるもとぶらひがてらまうでむ」と大方にぞ聞えごちていで給ふ。ご前ことごとしからでしたしき限五六人ばかり狩衣にてさぶらふ。殊に深き道ならねど松が崎のおやまのいろなども、さるいはほならねど秋の氣色づきて、都に二なくとつくしたる家ゐには猶哀もけうもまさりてぞ見ゆるや。はかなき小柴垣もゆゑあるさまにしなして、假初なれどあてはかに住まひなし給へり。寢殿と覺しきひんがしの放出に修法のだんぬりて北の廂におはすれば西おもてに宮はおはします。御ものゝけむつかしとてとゞめ奉り給ひけれど、いかでか離れ奉らむと慕ひわたり給へるを、人にうつりちるを、おぢて少しのへだてばかりにあなたには渡し奉り給はず、まらうどの居給ふべきところのなければ、宮の御方のすの前に入れ奉りて上らうだつ人々御せうそこ聞えつたふ。