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夕霧

まめ人の名をとりてさかしがり給ふ大將、この一條の宮の御有樣をなほあらまほしと心にとゞめて、大方の人めには昔を忘れぬ用意に見せつゝいとねんごろにとぶらひ聞え給ふ。したの心にはかくてはやむまじくなむ月日にそへて思ひまさり給ひける。御息所も哀にありがたき御心ばへにもあるかなと、今はいよいよ物寂しき御つれづれを絕えずおとづれ給ふに、慰むることゞもおほかり。始よりけさうびても聞え給はざりしにひきかへしけさうばみなまめかむもまばゆし、唯深き志を見え奉りてうちとけ給ふをりもあらじやはと思ひつゝさるべきことにつけても宮の御けはひありさまを見給ふ。みづからなど聞え給ふことは更になし。いかならむついでに思ふことをもまほに聞えしらせて人の御けはひを見むとおぼしわたるに、御息所ものゝけにいたう煩ひ給ひて、小野といふわたりに山里もたまへるにわたり給へり。はやうより御いのりの師にてものゝけなどはらひ捨てけるりしの山ごもりして里に出でじとちかひたるを、麓近くてさうじおろし給ふ故なりけり。御車よりはじめて御前など大將殿よりぞ奉れ給へる。なかなかまことの昔の近きゆかりの君達は、ことわざしげきおのがじゝのいとなみに紛れつゝ、えしも思ひいで聞え給はず。辨の君はた思ふ心なきにしもあらでけしきばみけるに、殊の外なる御もてなしにはゐてまうでとぶらひ給はずな