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玉のかんざし捨てさせ給はむも、この世にはうらみ殘るやうなるわざなり。やうやうさる御志をしめ給ひてかの御烟はるゝべきことをせさせ給へ。しか思ひ給ふること侍りながら物さわがしきやうに靜なるほいもなきやうなるさまに明けくらし侍りつゝみづからのつとめにそへて今靜にと思ひ給ふるもげにこそ心をさなきことなれ」など、世の中なべてはかなく厭ひ捨てまほしきことを聞えかはし給へど、猶やつしにくき御身の有樣どもなり。よべはうち忍びてかやすかりし御ありき今朝はあらはれ給ひて上達部なども參り給へるかぎりは皆御おくり仕う奉り給ふ。春宮の女御の御有樣のならびなくいつきたて給へるかひがひしさも大將のまたいと人に異なる御さまをも、いづれとなくめやすしとおぼすに、猶この冷泉院を思ひ聞え給ふ御志は勝れて深く哀にぞおぼえ給ふ。院も常にいぶかしう思ひ聞え給ひしに、御對面のまれにいぶせうのみおぼされけるにいそがされ給ひて、かく心安きさまにとおぼしなりにけるになむ。中宮ぞなかなか罷で給ふ事もいとかたうなりて、たゞ人の中のやうにならびおはしますに、今めかしうなかなか昔よりも華やかに御あそびをもし給ふ。何事も御心やれる有樣ながら唯かの御息所の御事をおぼしやりつゝ行ひの御心すゝみにたるを、人のゆるし聞え給ふまじきことなれば功德のことをたてゝおぼしいとなみいとゞ心ふかう世の中をおぼしとれるさまになりまさり給ふ。六條院にももろ心に急ぎ給ひて御八講など行はせ給ふとぞ。