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う待ちつけ聞えさせしを、今は何事につけてかは御心に任せさせ給ふ御うつろひも侍らむ。定めなき世といひながらもさしていとはしきことなき人は、さはやかに背き離るゝもありがたう心やすかるべき程につけてだに、おのづから思ひかゝづらふほだしのみ侍るを、などかその人まねにきほふ御道心は、かへりてひがひがしうおしはかり聞えさする人もこそはべれ。かけてもいとあるまじき御事になむ」と聞え給ふを「深うもくみはかり給はぬなめりかし」とつらう思ひきこえ給ふ。故御息所の御身の苦しうなり給ふらむありさまいかなる煙の中に惑ひ給ふらむ、なきかげにても人にうとまれ奉り給ふ。御名のりなどの出できたりけることかの院にはいみじう隱し給ひけるを、おのづから人の口さがなくて傅へきこしめしける後いと悲しういみじくて、なべての世のいとはしくおぼしなりて、かりにてもかののたまひけむ有樣の委しう聞かまほしきを、まほにはえ打ち出で聞え給はで「唯なき人の御有樣の罪輕からぬさまにほの聞くことの侍りしを、さるしるしあらはならでもおしはかりつべきことに侍りけれど、後れし程の哀ばかりを忘れぬことにて、物のあなた思ひ給へやらざりけるが物はかなさを、いかでよういひ聞かせむ人のすゝめをも聞き侍りてみづからだにかのほのほをもさまし侍りにしがなとやうやう積るになむ思ひしらるゝこともありける」などかすめつゝぞのたまふ。げにさもおぼしぬべきことゝ哀に見奉り給ひて「そのほのほなむ、誰も遁るまじきことゝしりながら朝露のかゝれるほどは思ひ捨てられ侍らぬになむ、目蓮が佛に近きひじりの身にてたちまちに救ひけむためしにもえつかせ給はざらむものから