Page:Kokubun taikan 02.pdf/183

提供:Wikisource
このページは校正済みです

のにほひうせたる心ちこそすれ。花鳥の色にも音にも思ひわきまへいふかひあるかたのいとうるさかりしものを」などのたまひ出でゝみづからもかき合せ給ふ御琴の音にも袖ぬらし給ひつ。御簾の內にも耳とゞめてや聞き給ふらむと片つ方の御心にはおぼしながら、かゝる御遊の程にはまづ戀しう內などにもおぼし出でける。「今宵は鈴蟲のえんにて明してむ」とおぼしのたまふ。御かはらけふたわたりばかり參る程に冷泉院より御せうそこあり。御前の御あそび俄にとまりぬるを口をしがりて、左大辨、式部大輔、又人々ひきゐてさるべきかぎり參りたれば、大將などは六條院にさぶらひ給ふと聞しめしてなりけり。

 「雲の上をかけはなれたるすみかにも物わすれせぬ秋の夜の月。おなじくば」と聞え給へれば「なにばかり所せき身の程にもあらずながら今はのどやかにおはしますに、參りなるゝこともをさをさなきを、ほいなきことにおぼしあまりて驚かさせ給へるかたじけなし」とて俄なるやうなれど參り給はむとす。

 「月かげはおなじ雲居に見えながらわが宿からの秋ぞかはれる」。異なることなかめれど唯昔今の御有樣のおぼし續けられけるまゝなめり。御使にさかづき賜ひて祿いと二なし。人々の御車次第のまゝにひきなほし、御前の人々立ちこみてしづかなりつる御あそびまぎれて出で給ひぬ。院の御車にみこ奉り、大將、左衞門督、藤宰相などおはしけるかぎり皆參り給ふ。直衣にてかろゝかなる御よそひどもなれば下襲ねばかり奉り加へて、月やゝさしあがり更けぬる空おもしろきに、若き人々笛などわざとなく吹かせ給ひなどして忍びたる御まゐ