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達のいはけなくねをびれたるけはひなどこゝかしこにうちして女房もさしこみて臥したる、ひとげもにぎはゝしきにありつる所の有樣思ひあはするにおほくかはりたり。この笛をうち吹き給ひつゝいかに名殘もながめ給ふらむ、御琴どもはしらべ變らず遊び給ふらむかし、御息所も和琴の上手ぞかしなど思ひやりてふし給へり。いかなれば故君の唯大方の心ばへはやんごとなくもてなし聞えながらいと深き氣色なかりけむと、それにつけてもいといぶかしう覺ゆ。見おとりせむことこそいとほしかるべけれ、大方の世につけてもかぎりなく聞くことは必ずさぞあるかしなど思ふに、我が御中のうちけしきばみたる思ひやりもなくてむつびそめたる年月の程をかぞふるに、哀にいとかうおしたちておごりならひ給へる、ことわりに覺え給ひけり。少し寢入り給ひつる夢にかの衞門督唯ありしさまのうちきすがたにてかたはらにゐてこの笛をとりて見る、夢のうちにもなき人のわづらはしうこの聲をたづねてきたると思ふに、

 「笛竹にふきよる風のごとならば末の世ながきねにつたへなむ。思ふかたことに侍りき」といふを、問はむと思ふ程に、若君のねおびれてなき給ふ御聲にさめ給ひぬ。この君いたくなき給ひてつだみなどし給へば乳母もおきさわぎ上もおほとなぶら近くとりよせさせ給ひて耳ばさみしてそゝくりつくろひて抱きて居たまへり。いとよく肥えてつぶつぶとをかしげなる胸をあけてちなどくゝめ給ふ。ちごもいとうつくしうおはする君なれば白くをかしげなるに御ちはいとかはらかなるを心をやりてなぐさめ給ふ。男君もよりおはして「い