Page:Kokubun taikan 02.pdf/173

提供:Wikisource
このページは校正済みです

かなるぞ」などのたまふ。うちまきしちらしなどしてみだりがはしきに夢の哀もまぎれぬべし。「なやましげにこそ見ゆれ。今めかしき御有樣の程にあくがれ給うて夜ふかき御月めでに格子もあげられたれば、例のものゝけの入りたるなめり」など、いと若くをかしきかほしてかこち給へば、うちわらひて「あやしのものゝけのしるべや。まろ格子あげずは道なくてげにえ入りこざらまし。數多の人のおやになり給ふまゝに思ひいたりふかく物をこそのたまひなりにたれ」とてうち見やり給へるまみのいとはづかしげなれば、さすがに物ものたまはで「いで給ひね。見ぐるし」とてあきらかなるほかげをさすがに耻ぢ給へるさまもにくからず。まことにこの君なづみて泣きむつがり明し給ひつ。大將の君も夢おぼし出づるにこの笛のわづらはしうもあるかな、人の心とゞめて思へりしものゝゆくべき方にもあらず、女の御傅へはかひなきをや、いかゞ思ひつらむ、この世にて數に思ひ入れぬこともかのいまはのとぢめに一念のうらめしきにも、もしは哀とも思ふにまつはれてこそは、長き世の闇にも惑ふわざなゝれ、かゝればこそは何事にもしうはとゞめじと思ふよなれなど、おぼしつゞけておたぎにずきやうせさせ給ふ。又かの心よせの寺にもせさせ給ひて、この笛をばわざと人のさるゆゑ深きものにてひき出で給へりしを、たちまちに佛の道におもむけむも尊きことゝはいひながらあへなかるべしと思ひて六條院に參り給ひぬ。女御の御方におはしますほどなりけり、三の宮三つばかりにて中にうつくしくおはするを、こなたにぞ又とりわきておはしまさせ給ひける。走り出で給ひて「大將こそ宮いだき奉りてあなたへゐて坐せ」とみづか