Page:Kokubun taikan 02.pdf/171

提供:Wikisource
このページは校正済みです

のをにせむ心ちもし侍らぬ、殘りおほくなむ」とて、御贈物に笛をそへて奉れ給ふ。「これになむ誠にふるきことも傳はるべく聞きおき侍りしを、かゝる蓬生にうづもるゝも哀に見給ふるを、御さきにきほはむ聲なむよそながらもいぶかしく侍る」と聞え給へば「似つかはしからぬ隨身にこそ侍るべけれ」とて見給ふに、これもげに世と共に身にそへてもあそびつゝ、みづからも、更にこれが音のかぎりはえ吹きとほさず、思はむ人にいかで傅へてしがなと折々聞えごち給ひしを思ひ出で給ふに今少しあはれおほくそひて試に吹きならす。はんしきでうのなからばかり吹きさして「昔を忍ぶひとりごとはさても罪ゆるされ侍りけり。これはまばゆくなむ」とて出で給ふに、

 「露しげきむぐらの宿にいにしへの秋にかはらぬ蟲のこゑかな」ときこえいだし給へり。

 「橫笛のしらべはことにかはらぬを空しくなりしねこそつきせね」。いでがてにやすらひ給ふに夜もいたく更けにけり。殿にかへりたまへれば格子などおろさせて皆寢給ひにけり。この宮に心かけ聞え給ひてかくねんごろがり聞え給ふぞなど人の聞えしらせければ、かやうに夜ふかし給ふもなまにくゝて入り給ふをもきくきく寢たるやうにて物し給ふなるべし。「いもと我といるさの山の」と聲はいとをかしうてひとりごち謠ひて「こはなぞかくさしかためたる。あなうもれや、今夜の月を見ぬ里もありけり」とうめき給ふ。格子あげさせ給うて御簾まきあげなどし給ひて端近く臥し給へり。「かゝる夜の月に心やすく夢みる人はあるものか。少し出で給へ。あな心う」など聞え給へど心やましう打ち思ひて聞き忍び給ふ。君