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あらば、よももてはなれてはあらじかしと心時めきもしつべけれど、女君の今はと打ち解けて賴み給へるを年比つらきにもことづけつべかりしほどだに、ほかざまの心もなくて過ぐしてしを、あやにくに今更に立ちかへりにはかにものをや思はせ聞えむ。なのめならずやんごとなき方にかゝづらひなば、何事も思ふまゝならで左みぎに安からずは、我が身も苦しくこそはあらめ。もとよりすきずきしからぬ心なれば、思ひしづめつゝ打ち出でねど、さすがにほかざまに定まりはて給はむもいかにぞや覺えて耳はとまりけり。春宮にもかゝる事ども聞し召してさしあたりたる只今のことよりも後の世のためしともなるべきことなるをよくおぼしめし廻らすべきことなり。人がらよろしとてもたゞ人はかぎりあるを、なほしかおぼしたつことならばかの六條院にこそ親ざまに讓り聞えさせ給はめとなむ、わざとの御せうそこにはあらねど、御氣色ありけるを、まち聞かせ給ひてもげにさることなり。いとよくおぼしのたまはせたりといよいよ御心だゝせたまひて、まづかの辨してぞかつがつあないつたへ聞えさせ給ひける。この宮の御ことかくおぼし煩ふさまはさきざきも皆聞き置き給へれば、「心苦しき御事にもあなるかな。さはありとも院の御世ののこりすくなしとて、こゝに又いくばく立ち後れ奉るべきとてかその御うしろみの事をば受け取り聞えむ。げに次第をあやまたぬにて今しばしの程も殘りとまるかぎりあらば、大かたにつけてはいづれの御子達をもよそに聞き放ち奉るべきにもあらねど、又かくとりわきて聞きおき奉りてむをば殊にこそはうしろみ聞えめと思ふを、それだにいと不定なる世の定めなりや」とのたまひて