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むやは、花の盛はありなめど」とうちまもり聞え給ふ。「うたてゆゝしき御ことにも」と人々はきこゆ。御齒のおひ出づるにくひあてむとて、たかうなをつとにきりもちてしづくもよゝとくひぬらし給へば「いとねぢけたる色ごのみかな」とて、

 「うきふしも忘れずながらくれ竹のこはすてがたきものにぞありける」とゐてはなちてのたまひかくれどうち笑ひて何とも思ひたらず、いとそゝかしうはひおりさわぎ給ふ。月日にそへてこの君のうつくしうゆゝしきまでおひまさり給ふに、誠にこのうきふし皆おぼし忘れぬべし。この人のいでものし給ふべき契にてさる思の外の事もあるにこそはありけめ、遁れがたかなるわざぞかしと少しはおぼしなほさる。みづからの御すくせも猶飽かぬことおほかり。數多つどへ給へる中にもこの宮こそはかたほなる思ひまじらず、人の御有樣も思ふにあかぬ所なくてものし給ふべきを、かく思はざりしさまにて見奉ることゝおぼすにつけてなむ、過ぎにし罪ゆるしがたく猶くちをしかりける。大將の君はかの今はのとぢめにとゞめしひとことを心ひとつに思ひ出でつゝ、いかなりしことぞとはいときこえまほしう、御氣色もゆかしきを、ほの心えて思ひよらるゝこともあれば、なかなかうち出で聞えむもかたはらいたくて、いかならむついでにこの事の委しき有樣もあきらめ又かの人の思ひ入りたりしさまをも聞しめさせむと思ひわたり給ふ。秋の夕の物哀なるに一條の宮を思ひやり聞え給ひてわたり給へり。うちとけしめやかに御琴どもなどひき給ふ程なるべし。深くもえとりやらで、やがてそのみなみの廂にいれ奉りたまへり。端つかたなりつる人のゐざり入りつ