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り。入道の宮もこの世の人めかしきかたはかけはなれ給ひぬれば、さまざまに飽かずおぼさるれど、すべてこの世をおぼしなやまじと忍び給ふ。御おこなひの程にも同じ道をこそはつとめ給ふらめなどおぼしやりて、かゝるさまになり給ひて後ははかなき事につけても絕えず聞え給ふ。御寺のかたはら近き林にぬき出でたるたかうな、そのわたりの山にほれるところなどの山里につけてはあはれなれば奉れ給ふとて、御文こまやかなるはしに「春の野山霞もたどたどしけれど、志深く堀り出させて侍るしるしばかりになむ、

  世をわかれ入りなむ道はおくるともおなじ所を君もたづねよ。いとかたきわざになむある」と聞え給へるを淚ぐみて見給ふほどに、おとゞの君わたり給へり。れいならず御前近きらいしどもをなぞあやしと御覽ずるに院の御文なりけり。見給へばいと哀なり。けふかあすかの心ちするを對面の心にかなはぬことなど、こまやかに書かせ給へり。このおなじ所の御ともなひを殊にをかしきふしもなきひじりごとばなれどげにさぞおぼすらむかし。われさへおろかなるさまに見え奉りて、いとゞ後めたき御思ひのそふべかめるを、いといとほしとおぼす。御返りつゝましげに書き給ひて御使には靑にびの綾一かさね賜ふ。書きかへ給へりけるかみの御几帳のそばよりほの見ゆるをとりて見給へば、御手はいとはかなげにて、

 「うき世にはあらぬところのゆかしくてそむく山路に思ひこそいれ」。うしろめたげなる御氣色なるに「このあらぬ所もとめ給へるいとうたて心うし」と聞え給ふ。今はまほにも見え奉り給はず、いとうつくしうらうたげたる御ひたひがみつらつきのをかしさ、唯ちごのや