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もいはぬ人なし。六條院にはまして哀とおぼし出づること月日にそへておほかり。この若君を御心ひとつにはかたみと見なし給へど、人の思ひよらぬことなればいとかひなし。秋つかたになればこの君ははひゐざりなど。


橫笛

故權大納言のはかなくうせ給ひにし悲しさを飽かず口をしきものに戀ひ忍び給ふ人おほかり。六條院にも大かたにつけてだに世にめやすき人のなくなるをば惜み給ふ御心に、ましてこれは朝夕したしく參り馴れつゝ人よりも御心留めおぼしたりしかば、いかにぞやおぼし出づることはありながら、あはれはおほく折々につけて忍び給ふ。御はてにもず經などとりわきせさせ給ふ。よろづもしらずがほにいはけなき御有樣を見給ふにも、さすがにいみじく哀なれば御心のうちにまた心ざし給ひてこがね百兩をなむべちにせさせ給ひける。おとゞは心もしらでぞかしこまり悅び聞えさせ給ふ。大將の君もことゞもおほくしたまふ。とりもちてねんごろに營み給ふ。かの一條の宮をもこの程の御志深くとぶらひ聞え給ふ。はらからの君達よりもまさりたる御心の程をいとかくは思ひ聞えざりきとおとゞうへも喜び聞え給ふ。なき跡にも世の覺えおもくものし給ひける程の見ゆるに、いみじうあたらしうのみおぼしこがるゝことつきせず。山のみかどは二の宮もかく人わらはれなるやうにてながめ給ふな