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して顏のみぞいと若う淸らなること人にすぐれ給へる。若き人々は物悲しさも少し紛れて見出し奉る。御前近き櫻のいとおもしろきを今年ばかりはとうち覺ゆるもいまいましきすぢなりければ「あひ見むことは」と口ずさびて、

 「時しあればかはらぬ色に匂ひけりかたえ枯れにし宿の櫻も」。わざとならず誦じなして立ち給ふに、いととう、

 「この春は柳のめにぞ玉はぬくさきちる花のゆくへしらねば」と聞え給ふ。いと深きよしにはあらねど今めかしうかどありとはいはれ給ひし更衣なりけり。げにめやすき程の用意なりけりと見給ふ。致仕の大殿にやがて參り給へれば君達あまた物し給ひて「こなたに入らせ給へ」とあれば、おとゞの御いでゐのかたに入り給へり。ためらひて對面し給へり。ふりがとう淸げなる御かたちいたう瘠せ衰へて御髭などもとりつくろひ給はねば、しげりて親のけうよりもげにやつれ給へり。見奉り給ふよりいと忍びがたければあまりにをさまらず亂れ落つる淚こそはしたなけれと思へばせめてぞかくし給ふ。おとゞもとりわきて御中よく物し給ひしをと見給ふに、たゞふりに降り落ちてえとゞめ給はず、つきせぬ御事どもを聞えかはし給ふ。一條の宮にまうでたりつる有樣など聞え給ふ。いとゞしく春雨かと見ゆるまで軒の雫にことならずぬらしそへ給ふ。たゝうがみにかの柳のめにぞとありつるをかい給へるを奉り給へば目も見えずやとおししぼりつゝ見給ふ。うちひそみつゝ見給ふ御さま例は心强うあざやかにほこりかなる御氣色名殘なく人わろし。さるは殊なることなかめれど、こ