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心ひとつに思へど、女君にだに聞え出で給はず、さるべきついでなうて院にもまた聞え出で給はざりけり。さるはかゝる事をなむかすめしと申し出でゝ、御氣色も見まほしかりけり。父おとゞ母北の方は淚のいとまなくおぼししづみて、はかなく過ぐる日數をもしり給はず、御わざの法服御さうぞく、なにくれの急ぎをも君達御方々とりどりになむせさせ給ひける。經佛のおきてなども左大辨の君せさせ給ふ。七日七日の御ずきやうなども人の聞えおどろかすにも「われになきかせそ。かくいみじと思ひ惑ふに、なかなか道さまたげにもこそ」とてなきやうに覺しほれたり。一條の宮にはまして覺束なくて別れ給ひにし恨さへそへて、日比ふるまゝに廣き宮のうち人げすくなう心ぼそげにて、親しく使ひならし給ひし人は猶參りとぶらひきこゆ。好み給ひし鷹、馬などその方のあづかりどもゝ皆つく所なう思ひうんじてかすかに出入を見給ふも、ことにふれて哀はつきぬものになむありける。もてつかひ給ひし御調度ども、常にひき給ひし琵琶和琴などの緖もとりはなちやつされて音を立てぬもいとうもれいたきわざなりや。御前の木立いたうけぶりて花は時を忘れぬ氣色なるを詠めつゝものがなしく、侍ふ人々もにび色にやつれつゝ寂しう徒然なる晝つ方、さき華やかに追ふ音してこゝにとまりぬる人あり。「あはれ故殿の御けはひとこそうち忘れて思ひつれ」とて泣くもあり。大將殿のおはしたるなりけり。御せうそこ聞えいれ給へり。例の辨の君、宰相などのおはしたるとおぼしつるをいとはづかしげに淸らなる御もてなしにて入り給へり。もやの廂におましよそひて入れ奉る。おしなべたるやうに人々のあへしらひ聞えむはかたじけ