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をばいかゞ見給ふや。かゝる人を拾てゝ背きはて給ひぬべき世にやありける。あな心う」とおどろかし聞え給へば顏うち赤めておはす。

 「たが世にかたねはまきしと人とはゞいかゞ岩根の松はこたへむ。哀なり」など忍びて聞え給ふに、いらへもなうてひれふし給へり。ことわりとおぼせばしひても聞え給はず、いかにおぼすらむ、物深うなどはおはせねど、いかでかはたゞにはと推し量り聞え給ふもいと心苦しうなむ。大將の君はかの心にあまりてほのめかし出でたりしを、いかなる事にかありけむ、少し物覺えたるさまならましかばさばかりうち出でそめたりしに、いとよう氣色を見てましを、いふかひなきとぢめにてをりあしういぶせうあはれにもありしかなと、面影忘れがたくてはらからの君達よりもしひて悲しと覺え給ひけり。女宮のかく世を背き給へる有樣おどろおどろしきなやみにもあらですかやかにおぼし立ちける程よ、又さりとも許し聞え給ふべきことかは、二條のうへのさばかり限にてなくなく申し給ふと聞きしを、いみじきことにおぼして遂にかくかけとゞめ奉り給へるものをなど、取り集めて思ひくだくに、猶昔より絕えず見ゆる心ばへえ忍ばぬ折々もありきかし、いとようもてしづめたるうはべは人よりけに用意あり、のどかに何事をこの人の心の中に思ふらむと、見る人も苦しきまでありしかど、少しよわき所つきてなよび過ぎたりしけぞかし、いみじくともさるまじき事に心をみだり、かくしも身にかふべき事にやはありける、人の爲にもいとほしう我が身はたいたづらにやなすべき、さるべき昔の契といひながらいとかるがるしう味氣なきことなりかしなど