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らめ」とて南面にちひさきおましなどよそひて參らせ給ふ。御乳母いと花やかにさうぞきて御前の物いろいろにつくしたるこものひわりごの心ばへどもを內にもとにももとの心をしらぬことなればとりちらし何心もなきを、いと心苦しうまばゆきわざなりやとおぼす。宮もおき居給ひてみぐしのすゑの所せうひろごりたるをいと苦しとおぼして、ひたひなどなでつけておはするに、几帳をひきやりて居給へばいと耻しうてそむき給へるいとゞちひさうほそり給ひて御ぐしはをしみ聞えて長うそぎたりければうしろはことにけぢめも見え給はぬ程なり。すぎすぎ見ゆるにび色の御ぞども黃がちなる今やう色など着給ひて、まだありつかぬ御かたはらめかくてもうつくしき子どもの心ちしてなまめかしうをかしげなり。「いであな心う。墨染こそ猶いとうたて目もくるゝ色なりけれ。かやうにても見奉ることはたゆまじきぞかしと思ひ慰め侍れど、ふりがたうわりなき心ちする淚の人わろさを、いとかう思ひすてられ奉る身のとがに思ひなすも、さまざまに胸いたう口惜しうなむ。取り返すものにもがなや」と打ち歎き給ひて「今はとて覺しはなれば、誠に御心といとひすて給ひけると耻しう心うくなむ覺ゆべき。猶哀とおぼせ」と聞え給へば「かゝるさまの人は物の哀もしらぬものときゝしを、ましてもとより知らぬ事にていかゞは聞ゆべからむ」とのたまへば「かひなのことや。おぼししる方もあらむものを」とばかりのたまひさして若君を見奉り給ふ。御乳母たちはやんごとなくめやすき限數多さぶらふ。召しいでゝ仕うまつるべき心おきてなどの給ふ。「哀のこりすくなき世におひ出つべき人にこそ」とて抱きとり給へばいと心安く