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れば、ろなうかの後の世のさまたげにもやと思ひ給ふるを、事のついで侍らば御耳とゞめてよろしうあきらめ申させ給へ。なからむうしろにもこのかうじ許されたらむなむ御德に侍るべき」などのたまふまゝに、いと苦しげにのみ見えまさればいみじうて、心の中に思ひ合する事どもあれどもさしてたしかにはえしも推しはからず、「いかなる御心の鬼にかは。更にさやうなる御氣色もなく、かくおもり給へる由をも聞き驚き歎き給ふ事かぎりなうこそ口をしがり申し給ふめりしか。などかくおぼす事あるにては今まで隔てのこい給ひつらむ。こなたかなたあきらめ申すべかりけるものを、今はいふかひなしや」とてとりかへさまほしく悲しくおぼさる。「げにいさゝかも隙ありつるをりに聞えうけ給はるべうこそ侍りけれ。されどいとかう今日明日としもやはと、みづからながらしらぬ命のほどを思ひのどめ侍りけるもはかなくなむ。この事は更に御心よりもらし給ふまじ。さるべき序侍らむ折には御用意くはへ給へとて聞えおくになむ。一條に物し給ふ宮ことにふれてとぶらひ聞え給へ。心苦しきさまにて院などにも聞しめされ給はむをつくろひ給へ」などのたまふ。いはまほしき事は多かるべけれど心ちせむ方なくなりにければ、出でさせ給ひねと手かき聞え給ふ。加持まゐる僧ども近う參り、上おとゞなどおはし集まりて人々も立ちさわげば、なくなく出で給ひぬ。女御をば更にも聞えずこの大將の御方などもいみじう歎き給ふ。心おきてのあまねく人のこのかみ心に物し給ひければ、右の大殿の北の方もこの君をのみぞむつまじきものに思ひ聞え給ひければ、よろづ思ひなげき給ひて御いのりなどとりわきてせさせ給ひけれ