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まを何事にておもり給ふとだにえ聞きわき侍らず。かく親しきほどながら覺束なくのみ」などのたまふに「心には重くなるけぢめも覺え侍らず。そこぞと苦しきこともなければたちまちにかうも思ひ給へざりし程に、月日も經でよわり侍りにければ、今はうつしごゝろもうせたるやうになむをしげなき身をさまざまにひきとゞめらるゝ。いのりぐわんなどのちからにや、さすがにかゝづらふもなかなか苦しう侍れば心もてなむ急ぎたつ心ちのし侍る。さらばこの世のわかれさりがたきことはいと多うなむ。親にも仕うまつりさして今更に御心どもを惱まし、君に仕うまつる事もなかばの程にて身をかへりみるかたはたましてはかばかしからぬ恨をとゞめつる大方の歎きをばさるものにて又心のうちに思ひ給へ亂るゝことの侍るを、かゝるいまはのきざみにて何かは漏すべきと思ひ侍れど、猶忍びがたきことを誰にかはうれへ侍らむ。これかれ數多ものすれどさまざまなることにて更にかすめ侍らむもあいなしかし。六條院にいさゝかなる事のたがひめありて月比心のうちにかしこまり申すことなむ侍りしを、いとほ意なう世の中心ぼそう思ひなりて病ひづきぬとおぼえ侍りしに、めしありて院の御賀のがくそのこゝろみの日まゐりて御氣色を給はりしに、猶ゆるされぬ御心ばへあるさまに御ましりを見奉り侍りて、いとゞ世にながらへむこともはゞかり多う覺えなり侍りてあぢきなう思ひ給へしに心のさわぎそめて、かくしづまらずなり侍りぬるになむ、人かずにはおぼし入れざりけめど、いはけなう侍りし時より深く賴み申す心の侍りしを、いかなるざうげんなどのありけるにかと、これなむこの世のうれへにて殘り侍りけ