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おはする對のほとりこなたのみかどは馬車たちこみ人さわがしうさわぎみちたり。ことしとなりては起きあがる事もをさをさし給はねば重々しき御さまに亂れながらはえ對面し給はで思ひつゝ弱りぬる事と思ふに口をしければ「猶こなたに入らせ給へ。いとらうがはしきさまに侍る罪はおのづからおぼし許されなむ」とて臥し給へる枕がみのかたに僧などしばし出し給ひて入れ奉り給ふ。早うよりいさゝか隔て給ふことなくむつびかはし給ふ御中なれば別れむことの悲しく戀しかるべきなげき、おやはらからの御思ひにも劣らず。今日はよろこびとて心ちよげならましをと思ふにいと口惜しうかひなし。「などかくたのもしげなくはなり給ひにける。今日はかゝる御よろこびに聊すくよかにもやとこそ思ひ侍りつれ」とて、几帳のつまをひきあけ給へれば「いと口惜しうその人にもあらずなりにて侍りや」とて、ゑばうしばかりおし入れて、少し起きあがらむとし給へどいと苦しげなり。白ききぬどもの、懷しうなよゝかなるを數多かさねてふすまひきかけて臥し給へり。おましのあたり物淸げにけはひかうばしう心にくゝぞすみなし給へる。うちとけながら用意ありと見ゆ。重く煩ひたる人はおのづから髮ひげも亂れ物むづかしきけはひもそふ業なるを瘦せさらぼひたるしもいよいよしろうあてはかなるけして、枕をそばだてゝ物など聞え給ふけはひいとよわげに息も絕えつゝあはれげなり。「久しう煩ひ給ふ程よりは殊にいたうもそこなはれ給はざりけり。常の御かたちよりもなかなかまさりてなむ見え給ふ」とのたまふものから淚おしのごひて「後れ先だつ隔なくとこそ契り聞えしがいみじうもあるかな。この御心ちのさ